エリア別マンション売却

用賀のマンション売却相場と、駅前が現在の形になった経緯

現在の用賀駅は地下にあります。

一方、以前この地域を走っていた玉川線は、道路上を走る路面電車でした。

1969年の玉川線廃止、1977年の新玉川線開通、その後の用賀プロムナード整備、1993年の世田谷ビジネススクエア開業。

現在の用賀駅周辺は、こうした整備が段階的に重なって形づくられています。

世田谷区の中古マンション価格を長期で振り返る

ここで掲載しているのは、用賀駅だけではなく、世田谷区全体の中古マンション成約㎡単価です。

2002年度は51.02万円/㎡、2025年度は117.43万円/㎡となっています。

直近の価格上昇は皆さまもご認識の通りですが、24年間ずっと上昇してきたわけではありません。

2007年度の64.66万円/㎡から2009年度には60.35万円/㎡まで下落し、その後もしばらく60万円台前半で推移した時期があります。2020年度は80.11万円/㎡、2021年度は89.67万円/㎡、2025年度には117.43万円/㎡となりました。

現在が20年以上の中でも高い水準にある一方、過去には下落や横ばいの時期もありました。

世田谷区 中古マンション成約㎡単価の推移|2002〜2025年度
世田谷区の中古マンション成約平方メートル単価の推移2002年度から2025年度まで、24年度分の成約平方メートル単価を示す折れ線グラフです。507090110万円/㎡51.02200264.66200760.35200970.10201589.672021117.432025年度世田谷区の中古マンション成約平方メートル単価の推移2002年度から2025年度まで24年度分の成約平方メートル単価を示す折れ線グラフです。5090110万円/㎡51.02200260.352009117.432025年度
  • 2002年度:51.02万円/㎡
  • 2003年度:49.92万円/㎡
  • 2004年度:52.03万円/㎡
  • 2005年度:53.13万円/㎡
  • 2006年度:57.86万円/㎡
  • 2007年度:64.66万円/㎡
  • 2008年度:61.06万円/㎡
  • 2009年度:60.35万円/㎡
  • 2010年度:61.96万円/㎡
  • 2011年度:61.08万円/㎡
  • 2012年度:61.01万円/㎡
  • 2013年度:61.65万円/㎡
  • 2014年度:66.15万円/㎡
  • 2015年度:70.10万円/㎡
  • 2016年度:71.63万円/㎡
  • 2017年度:74.64万円/㎡
  • 2018年度:75.10万円/㎡
  • 2019年度:76.65万円/㎡
  • 2020年度:80.11万円/㎡
  • 2021年度:89.67万円/㎡
  • 2022年度:94.28万円/㎡
  • 2023年度:100.61万円/㎡
  • 2024年度:105.23万円/㎡
  • 2025年度:117.43万円/㎡

出典:公益財団法人東日本不動産流通機構「中古マンションの区市町村別成約状況」。世田谷区全体の中古マンション成約データです。年度によって成約したマンションの築年、面積、立地などが異なるため、用賀駅周辺や特定のマンションそのものの価格推移ではありません。

用賀は、路面電車の街から地下鉄道の街へ変わりました

現在の田園都市線・渋谷〜二子玉川間は、1977年に新玉川線として開通しました。

その前身となる玉川線は、道路上を走る路面電車でした。自動車交通が増えるにつれて道路混雑の影響を受け、輸送力にも限界が出ていました。

玉川線は1969年5月に営業を終了。

その8年後の1977年4月、新玉川線が渋谷〜二子玉川園間で開通しました。新玉川線の計画には高架案もありましたが、最終的には現在の地下路線として整備されています。

今の用賀駅は、昔から同じ形で存在していた駅ではありません。

道路上を走る路面電車の沿線から、地下鉄道を中心にした街へ大きく変わった地域です。

用賀の鉄道の変化
  1. 玉川線開通
  2. 玉川線廃止
  3. 新玉川線開通
  4. 田園都市線

用賀プロムナードは、1986年に整備されました

用賀駅から砧公園・世田谷美術館方面へ続く用賀プロムナードは、1986年に整備されました。

世田谷区では1970年代後半から都市デザインの取り組みが進められ、1982年には都市デザイン室が設置されています。

現在の世田谷区「風景づくり計画」でも、用賀プロムナードは当時の代表的な都市デザイン事業として紹介されています。

用賀駅周辺に現在ある歩行空間の一部は、自然にできたものではなく、行政の都市デザイン施策として計画的に整備されてきたものです。

駅から砧公園方面へ歩く現在の街並みに、こうした整備の経緯が残っています。

1993年、世田谷ビジネススクエアの開業で駅前も変わりました

駅前が大きく変わったもう一つの節目が、1993年です。

世田谷ビジネススクエアは1993年11月に開業しました。

用賀駅へ直接接続する大規模開発で、開業にあわせて駅前バスターミナルや駅施設のバリアフリー化も進められています。

単に大型オフィスビルが建っただけではありません。

地下駅、駅前の街区、バス交通、歩行者動線が一体的に整えられ、現在の用賀駅前に近い形がつくられました。

現在の用賀駅周辺ができるまで
  1. 玉川線廃止
  2. 新玉川線開通
  3. 用賀プロムナード整備
  4. 世田谷ビジネススクエア開業
    駅前バスターミナル等も整備

用賀でマンションを売るとき、駅前の成り立ちも街の魅力を伝える材料になります

路面電車から地下鉄道へ変わり、その後、歩行空間や駅前街区が段階的に整備されてきたことは、現在の用賀の街並みを理解するうえで重要な背景です。

現在の駅前や用賀プロムナードを知っている方でも、なぜこのような街の形になったのかまでは知らないこともあると思います。

マンションを売却するときには、建物そのものの特徴だけでなく、買主がその街で暮らすイメージを持てる情報も大切です。

用賀駅からの歩きやすさ、駅前の交通動線、砧公園方面へ続く歩行空間などについて、整備の背景まで知っていれば、広告や内見時に用賀という街の特徴をより具体的に伝えられます。

物件そのものの魅力と、用賀で暮らす魅力をどう組み合わせて伝えるか。

売却を考える際には、こうした地域の情報も販売準備の一つとして整理しておく価値があります。